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新型コロナウイルス感染症ワクチン注射担い手確保のための法解釈

弁護士中野 丈

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種体制の早急な構築が求められる中、その実現のための課題の一つとして、同ワクチン接種のための注射業務を行う担い手の確保が挙げられています。

1 医師、保健師、助産師、看護師、准看護師による注射

一般に、ワクチン接種のための注射は、医師法第17条にて医師でなければ行えないとされている「医行為」に当たります(なお、「医行為」の解釈については過去のトピックをご参照下さい。https://spring-partners.com/topics/case/1920/)。

もっとも、保健師、助産師、看護師又は准看護師については、保健師助産師看護師法の解釈上、医師又は歯科医師の指示があれば、自らも一定の「医行為」を行えるとされています。医療機関にて看護師や准看護師の方にインフルエンザ予防接種等の注射を打ってもらったことがある人も多いと思いますが、新型コロナウイルス感染症のワクチン接種のための注射(以下「コロナワクチン注射」といいます)についても、医師の指示の下で看護師や准看護師が行えるものとされています。なお、必要とされる「医師の指示」の内容等を具体的に定めた法令はないため、その解釈や判断は一応別に問題となります。

2 歯科医師による注射

他方、歯科医師法第17条は、「歯科医師でなければ、歯科医業をなしてはならない。」と定めており、歯科医師が歯科医業を行うことは当然に認められているのですが、歯科医療とは無関係に行われる医行為については、「歯科医業」の範疇を超えるものとして、基本的には、歯科医師であっても(医師法上の「医師」とは別の免許であるため医師法第17条に違反し)行えないと解されています。

もっとも、歯科医師は、その養成課程において筋肉内注射(コロナワクチン注射は筋肉内注射です)に関する基本的な教育を受けており、また、口腔外科や歯科麻酔の領域では実際に筋肉内注射を行うことがあることからは、形式論のみに拘って歯科医師を担い手と考えないのは合理的ではないでしょう。なお、筋肉内注射より浅い部分に行う皮下注射についてではありますが、十分な教育と適切な指導及び管理のもとに糖尿病患者やその家族に指示してインシュリン注射を行わせることは、医師法第17条に違反しないと解されています(昭和56年5月22日医事38。)

そのような中、厚生労働省は、令和3年4月26日、「新型コロナウイルス感染症に係るワクチン接種のための筋肉内注射の歯科医師による実施について」と題する各地方自治体衛生主管部(局)宛の事務連絡を発し、下記(1)~(3)を充たすことを条件として、歯科医師によるコロナワクチン注射行為について、医師法第17条との関係では違法性が阻却され得るとしました。

(1)新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止し、住民の生命や健康を守るために迅速にワクチン接種を進める必要がある中で、必要な医師や看護師等の確保ができないために、歯科医師の協力なしには特設会場でのワクチン接種が実施できない状況であること。

(2)協力に応じる歯科医師が筋肉内注射の経験を有している又はワクチン接種のための筋肉内注射について必要な研修を受けていること。

(3)歯科医師によるワクチン接種のための筋肉内注射の実施について被接種者の同意を得ること。

また、上記(2)の研修の内容と実施について、令和3年5月11日、同じく厚生労働省から具体的な事務連絡が発せられています。

各事務連絡の全文は次のアドレスからアクセスしてご参照下さい。

令和3年4月26日 事務連絡 https://www.mhlw.go.jp/content/000773564.pdf

令和3年5月11日 事務連絡 https://www.mhlw.go.jp/content/000778224.pdf

3 救急救命士、臨床検査技師による注射

また、令和3年5月25日、加藤勝信官房長官は、新たなコロナワクチン注射の担い手として、救急救命士や臨床検査技師を加えるために、その違法性阻却の考え方の検討に入った旨を会見で発表したようです。

救急救命士は、救急救命士法により、免許を受けて、医師の指示の下に、救急救命処置(重度傷病者に対して病院等に搬送されるまでの間に行われる気道の確保、心拍の回復その他の処置であって、・・症状の著しい悪化を防止し、又はその生命の危険を回避するために緊急に必要なもの)を行うことを業とする者です。

臨床検査技師は、臨床検査技師等に関する法律により、免許を受けて、医師又は歯科医師の指示の下に、一定の検体検査及び生理学的検査を行うことを業とする者です。

歯科医師についての違法性阻却の条件とどう違ってくるのでしょうか。

                                      以上

《弁護士 中野 丈》