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金融庁が「インパクト投資に関する基本的指針(案)」等を公表しました

弁護士小野 顕

2023年6月30日、金融庁が「インパクト投資等に関する検討会報告書」(以下「本報告書」)を公表し、同報告書において取りまとめた「インパクト投資に関する基本的指針(案)」(以下「本指針案」)についての意見募集手続を開始しました。
「インパクト投資等に関する検討会報告書」の公表について:金融庁 (fsa.go.jp)
「インパクト投資に関する基本的指針(案)」への意見募集について:金融庁 (fsa.go.jp)

現在、環境(E)・社会(S)・ガバナンス(G)に関するサステナビリティを考慮したESG投資が幅広く行われており、本報告書によれば、このようなESG投資は世界では投資全体の約36%、日本でも約24%を占めるものとされています。ESG投資の手法としては、財務分析や投資判断にESGの要素を取り込む「ESGインテグレーション」、一定のESG指標に基づき課題のある投資先を除外しまたは特に評価の高い投資先を選定する「ネガティブスクリーニング」や「ポジティブスクリーニング」などがあり、このようなESG投資の拡大は、ご承知のとおり、投資先となる企業の経営方針や具体的事業活動にも大きな影響を与えています。しかしながら、本報告書の冒頭で整理されているとおり、このような投資手法には、個別の投資が、実際にどの程度国内外の課題解決に資する具体的な技術の実装やビジネスモデルの変革等につながっているか、明確には確認しづらいといった課題があるとされます。

そのような課題を克服するものとして、近時、「インパクト投資」の概念が注目を集めています。インパクト投資にいう「インパクト」は、社会・環境的な効果を意味しますが、ロックフェラー財団等が2009年に設置した国際的ネットワークGIIN(Global Impact Investing Network)によれば、「インパクト投資」は「投資収益とともに、測定可能でポジティブな社会的・環境的インパクトを生み出すことを意図して行う投資」とされており、GIINが示す以下の4点が一般的にその要件として説明されてきました。
 1.インパクトを実現する意図を持つこと(投資を通じた課題貢献を図る点で、一般の ESG 投資やスクリーニング等と異なる)
 2.投資により収益を得ること(市場水準を追求するか同水準未満を許容するか等の差はあるが、収益追求を行う点で慈善事業と異なる)
 3.多様な資産クラスで実行されること
 4.インパクトを管理・測定すること(投資対象の社会・環境的効果を測定し、報告することにコミットすること)

本報告書及び本指針案は、上記のようなこれまでの議論を基礎として、「インパクト投資等に関する検討会」により取りまとめられたものです。本報告書及び本指針案では、インパクト投資が「社会・環境的効果」と「収益性」の双方を実現する投資であることを基礎とした上で、その特徴は、通常の投資と同様に一定の「収益」を生み出すことを前提としつつ、個別の投資を通じて実現を図る具体的な社会・環境面での「効果」と、これを実現する戦略等を主体的に特定・コミットする点にあるとしています。また、その投資先・投資主体・アセットクラス(エクイティ・デッド・実物資産等)は限定しないとの前提の下で、インパクト投資の要件を以下1.から4.のとおり再定義しています。

1.当該投資が実現を「意図」する「社会・環境的効果」や「収益性」が明確であること(intentionality)
※ 投資によって主体的にどのように効果・収益性を実現していくかについて事前に「意図」を明確化すること、特に、投資や事業がいかに社会・環境の変化に貢献するかの戦略・因果関係を具体化し、市場や事業の拡大の見込みも含めて実現を図る「効果」と「収益性」が投資プロセスを通じ整合していることが重要とされます。また、ここにいう「意図」は投資家・金融機関等の資金提供者の「意図」を指す一方、事業を通じ効果を実現する最終的主体である事業者自身の課題解決と事業性実現の意図が投資家の意図と基本的には整合していることを確認すること、及び投資後の対話の方針も検討しておくことも重要とされています。更に、投資を行う前提として、「意図」とは異なる他の環境面への悪影響などの副次的効果も俯瞰的に理解し対応を進めるべきであり、重大な負の効果がある場合には、それを「意図」した社会・環境的効果と相殺するのではなく、当該負の効果自体の緩和・防止に取り組むべきとされています。

2.当該投資の実現により、追加的な効果が見込まれること(additionality)
※ 投資がなかった場合に比べ、投資先の企業又は事業の活動によって生じる社会・環境的効果と企業価値の向上に、当該投資が具体的に貢献していくことが必要とされます。また、投資の前から実行後も含めて、例えば、視座の提供、人材・ノウハウ等の不足への対応等、事業性を改善するアドバイスや支援を必要に応じ提供することが重要であり、そのような非資金面での支援も投資を通じた追加的効果に含めるべきとされています。

3.当該効果の「特定・測定・管理」を行うこと(identification/measurement/management)
※ 投資家・金融機関において、投資又はファンドレベルで、投資の前に、もたらしたい効果や収益性を特定し、これを測定するための定量的又は定性的な指標を特定し、これを投資・対話の実施後も継続して確認していくことが重要であるとされています。具体的な指標については、収益性については通例定量的に捕捉されるが、社会・環境的効果については、分野ごとに様々な定量的又は定性的な指標の捉え方があり創意工夫が求められるともに、指標及び必要な情報・データの選択に関する事業者と投資家・金融機関との対話が期待されるとし、また定性的な指標を用いる場合、効果の把握の客観性を確保できるよう、例えば、関連する統計などの参考となる数値への言及、組み合わせ等により全体把握を行うことが望ましいとしています。更に、当初想定していた効果・収益性が実現していない場合はその要因を特定し、今後効果や収益性を実現する検討・対話を進める意味での管理が求められるとされています。

4.市場や顧客に変化をもたらし又は加速しうる新規性等を支援すること(innovation/transformation/acceleration)
※ 社会・環境的効果と収益性を持続可能な形で実現・両立するためには、社会・環境的効果の創出を成長の機会とし、収益性を両立するようなイノベーション等が必要であるとされています。このようなイノベーション等には、革新的なアイデアや技術の導入、ビジネスモデルの変革、従来市場と差別化する創意工夫など様々なものがあるとされ、これにかかわる企業としても、地球規模の課題に応え飛躍的成長を目指すユニコーン企業や、特定の地域やニッチな市場が抱える課題・ニーズに着目し、緩やかだが持続的な成長を見込む企業が挙げられるほか、上場企業がスタートアップ企業等の技術を活用するなどの企業間での創造(オープンイノベーション)による相互作用により全体として大きな収益と効果を生んでいくことも考えられるとしています。加えて、投資家・金融機関と事業者の間で、市場に受容される工夫や新規市場の開拓につながる有効な対話を進めていくことが重要としています。

更に、本報告書では、上記を骨子とする「インパクト投資に関する基本的指針(案)」を策定することの提言に加え、官民の多様なステークホルダーが参加・連携し実践的課題を議論するための対話の場としての「コンソーシアム」を設けること、また、この「コンソーシアム」を軸に、更に以下の施策について検討していくことが提案されています。
 1)データ・指標・事例の整備
  ① 統計・指標(KPI)・一次データ・事例の収集
 2)金融支援と事業評価のノウハウ形成、人材育成
  ② 金融支援の多様化・柔軟化
  ③ インパクト測定・管理に関するノウハウ形成・人材育成
  ④ 起業家等を含む事業者への支援
 3)投資の実案件形成
  ⑤ 多様な投資主体の参画とマッチング
 4)地域での展開
  ⑥ 地域における創業企業等の支援
 5)国際的な整合性
  ⑦ 国際的な原則やデータ・指標等との連携確保

本報告書により提案された「インパクト投資に関する基本的指針」や「コンソーシアム」の枠組みと各種施策が、我が国のファイナンス及び企業活動の場において今後どこまでの役割を担っていくかは未知数ではありますが、サステナビリティに関する全世界的な潮流は動かしがたいであろう中で、その動向については十分な注視が必要であるように思われます。また、弊事務所においても、このようなインパクト投資を行う側、受ける側双方を法的側面から支援させていただくべく、知見を深めていきたいと考えております。

なお、本報告書及び本指針案の公表と同日、金融庁が、より幅広くサステナブルファイナンス全般を対象としたものとして、サステナブルファイナンス有識者会議による第三次報告書を公表しております。ご関心のある方はあわせてご参照ください。
「サステナブルファイナンス有識者会議第三次報告書」の公表について:金融庁 (fsa.go.jp)