コラム

医療ミスの判断基準とは?どのような場合に責任が認められるか?

弁護士渡邉 聖人

1 はじめに

ときとして、医師と患者の認識の違いや病気の性質により、病院側が患者の要望に満足に答えることができなかったり、一定の処置を施したものの不幸にも後遺症が残ったり、命を落とされてしまう場合があります。
 このような場合に、裁判では、医師に医療ミス(過失)があったのかが争点となります。病院と患者との間の紛争を適切かつ迅速に解決に導くためには、どのような場合に過失があるとされるのかの判断基準を前提に考える必要があります。

2 医療訴訟における過失の判断基準

医療訴訟における過失の判断基準は、「診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準」(最高裁判所昭和57年3月30日判決・集民135号563頁、同平成7年6月9日判決・民集49巻6号1499頁等)とされています。この意味について、さらに以下で解説します。

3 過失の判断基準時は、「診療当時」であること

医学的知見は、多くの医師や研究者等の方々の不断の努力によって、日々進歩しています。したがって、当時は対処方法が分からなかった疾病についても、新たな医療技術や新薬の開発により、現在では、ある程度対処方法が明らかになっていることがあります。そうすると、今から振り返ってみれば、当時の医師の判断は誤っていたという場合があり得るのです。
 しかし、医療訴訟における「過失」は、今から振り返ってみれば誤っていたというだけでは足りず、その当時としても誤っていたといえなければなりません。法は不可能を強いるものではないですから、当時の医学的知見に照らして、医師の判断が誤っているといえなければ責任があるとはいえないのです。したがって、過失を考える上では、「当時、どのようなことをすべきであったのか」という視点で考えることとなります。このように、当時の事情を前提に評価する考え方を「プロスペクティブ(前方視的)」に見ると言います。
 なお、結果から評価する考え方を「レトロスペクティブ(後方視的)」に見ると言います。過失と悪しき結果との間の「因果関係」については、レトロスペクティブに検討します。

4 基準とされる医療水準は「臨床医学の実践」におけるものであること

「当時、どのようなことをすべきであったのか」を検討する上で基準とされる医療水準は、「臨床医学の実践」におけるものとされています。
 新規の治療法等の医学的知見は、研究者の理論的考察による仮説の発見及び研究を踏まえ、臨床実験などを行ったのち、他の研究者による追試、有効性及び安全性の確認等が行われ、その間に各種の研究会や文献で発表されるなどの経過を辿り、浸透していきます。そして、有効性及び安全性が確認された場合には、まずは先進的研究機関を有する大学病院等で実践され、その後、地域の総合病院や中規模・小規模の病院に普及し、最終的に一般開業医の診療所等に浸透していきます。また、当該治療法の難易度や必要とされる施設や器具等により、すべての医療機関で実施できない場合もあります。
 このように、医学的知見といっても、学問としてのレベルのものから、実際の医療現場において用いられているレベルのものまで幅広く存在します。過失は、医学的知見の浸透の程度や問題となる病院の性格や規模等を踏まえ、「臨床医学の実践」、すなわち、現場における医療水準をベースに「当時、どのようなことをすべきであったのか」を検討することとされています。

5 過失の構造と医療水準の位置づけ

上記の通り、医療訴訟における過失は、「当時、どのようなことをすべきであったのか」(注意義務)の検討が重要です。
「当時、どのようなことをすべきであったのか」(注意義務)は、「Aという場合には、Bをすべきである」という大前提の規範を定立し、「患者Xは、○○の時点で、Aの場合に当たる」との小前提を当てはめて、結論として「Y医師は、○○の時点で、患者Xに対し、Bをすべきであった」という枠組みとなります。これらすべてが立証され、その注意義務に違反していた場合に、医師に過失があると判断されます。
 上記4の診療当時の実践における医療水準は、「Aという場合には、Bをすべきである」との大前提の議論において検討されるものであり、この立証や反証において、当時の診療ガイドライン等の重要な医学文献を用いることとなります。

6 終わりに

医療訴訟は、複雑かつ困難な専門訴訟の代表であり、裁判での解決となれば少なくとも2年はかかるのが現状です。少しでも早い解決を行うためには、上記の構造を念頭に置いた上で、明確な主張をする必要があります。当事務所では、裁判での見通しを踏まえ、裁判前の対応(証拠保全及び交渉等)から裁判手続の訴訟追行及び解決策の提案等に至るまで、さまざまなリーガルサポートをすることが可能です。ぜひ、当事務所にご相談いただければ幸いです。