コラム

民事関係手続の全面的なデジタル化を実現するための法改正について

弁護士増本 善丈

1 はじめに
 国内の裁判手続の IT 化は,国際的に「2周遅れ」と揶揄されるほど大きく遅れた状態にありましたが、「未来投資戦略2017」において「迅速かつ効率的な裁判の実現を図るため」「利用者目線で裁判に係る手続等のIT 化を推進する方策について速やかに検討」するとの方針が定められ、この方針を踏まえて「裁判手続等のIT化検討会」が設置され、2018年3月、「裁判手続等のIT化に向けた取りまとめ─「3つの e」の実現に向けて─」が発表され、国内の裁判手続のIT化が3つのフェーズ(段階)に分けて進められることになりました。

2 民事訴訟手続の全面的なデジタル化等を目的とする民事訴訟法の改正
 前述の3つのフェーズが進められる中、昨年民事訴訟手続の全面的なデジタル化等を目的とする「民事訴訟法等の一部を改正する法律」が成立しました。
 この改正により、民事訴訟の手続が全面的にデジタル化されることになり、インターネットを利用した申立て等の実現、期日におけるウェブ会議等の活用、判決等の事件記録の電子化がなされることになりました。

3 民事訴訟以外の民事関係手続(民事執行手続、倒産手続、家事事件手続等)のデジタル化を目的とする改正
 さらに、令和5年6月6日、民事執行手続、倒産手続、家事事件手続等の民事関係手続のデジタル化を図るための規定の整備等を行う改正法(民事関係手続等における情報通信技術の活用等の推進を図るための関係法律の整備に関する法律)(令和5年法律第53号)が成立しました(同月14日公布)。
 この改正により、民事訴訟以外の民事裁判手続(※)についても全面的なデジタル化を図るなどの見直しがなされるとともに、公正証書の作成に係る一連の手続(現在は書面にて作成、対面手続のみです。)について全面的なデジタル化が実現することになります。

※ 民事訴訟以外の民事裁判手続
・民事執行:財産を差し押さえて換価したり、財産等の引き渡しを行う手続
・民事保全:訴訟に先立って、財産を仮に差し押さえたり、財産の処分を禁止したりする手続
・倒産手続:債務者の財産等を清算する破産手続や債務者の再生計画を定める再生手続など
・人事訴訟:婚姻関係や親子関係その他の身分関係の形成又は存否の確認を目的とする訴訟。離婚訴訟など
・家事事件:家事審判事件・家事調停事件(非公開の手続)。成年後見に関する事件や相続放棄の申述事件、離婚調停事件など
・そのほか非訟事件(非公開の手続で行われる訴訟以外の事件。ex.株式の価格決定事件、土地賃借権の譲渡許可事件)など

なお、施行日は以下のとおりです。
・改正法の全面施行
→公布から5年以内の政令で定める日(具体的な施行日は今後決定)
・公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化
→公布から2年6月以内の政令で定める日(具体的な施行日は今後決定)
・ウェブ会議等を利用した期日への参加、債務名義の正本等の提出省略を可能とする仕組み等
→民事訴訟法等の一部を改正する法律の全面施行日(具体的な施行日は今後定。なお、民事訴訟法等の一部を改正する法律の全面施行日は、令和4年5月25日から4年以内の政令で定める日とされています。)

 

4 改正の概要
 改正の概要は以下のとおりです(なお、前記2の改正の詳細は、「民事訴訟法等の一部を改正する法律について」を、前記3の改正の詳細はhttps://www.moj.go.jp/content/001398165.pdfをそれぞれご参照ください。)

(1)民事裁判手続におけるインターネットを利用した申立て等
・民事裁判手続において、インターネットを利用して裁判所に申立てや資料の提出などをすることができるようになり、裁判所からの送達もインターネットを通じて行うことができるようになります。

(2)民事裁判手続における期日におけるウェブ会議等の活用
・民事執行や民事保全などの手続においても、口頭弁論の期日や審尋の期日について、民事訴訟手続と同様にウェブ会議等を利用して手続に参加することができるようになります。
・民事執行手続における財産開示期日や破産手続における債権調査期日、債権者集会の期日などの民事訴訟手続にない期日についても、ウェブ会議等を利用して手続に参加することができるようになります。
・家事調停の手続の期日など、現行法において、電話会議等を利用して期日に参加をすることはできるものの、遠隔地に居住していることといった要件が定められているものについて、遠隔地要件を削除するなどして、遠隔地に居住していないケースでも、電話会議等を利用できることを明確にしています。

(3)民事裁判手続における事件記録の電子化
・民事裁判手続において、事件記録は、原則として、電子データで保管されることとなり、事件記録の閲覧等は、インターネットを通じて裁判所のサーバにアクセスする方法によって行うことができるようになります。

(4)判決の電子化対応(正本等の提出省略)
・民事執行手続における強制執行の申立てをする場面において、判決等の債務名義が裁判所の電子データで作成されている場合には、債権者は、記録事項証明書の提出に代えて、債務名義に係る事件を特定するために必要な情報を提供することで、記録事項証明書の提出を省略することができるようになります。

(5)公正証書の作成に係る一連の手続のデジタル化
・公正証書の作成の嘱託(申請)につき、インターネットを利用して、電子署名を付して行うことが可能になります。
・公証人の面前での手続につき、嘱託人が希望し、かつ、公証人が相当と認めるときは、ウェブ会議を利用して行うことが選択できるようになります。
・公正証書の原本は原則として電子データで作成・保存されることとなります。
・公正証書に関する証明書(正本・謄抄本)を電子データで作成・提供することを嘱託人が選択できるようになります。

 

5 おわりに
 かつて民事訴訟は誰のためにあるのか、民事訴訟の目的はどこにあるのか、という論点が華やかに繰り広げられる時代がありました。しかし、「棚上げ論」にみられるように、民事訴訟における論争はユーザーである国民から見れば「コップの中の嵐」であり、民事手続は、とにかく時間と手間がかかるなどの印象が持たれていたように思われるなか、民事訴訟にかかわる法曹にとって、私的紛争の最終的な解決手段である民事訴訟が利用者のために改正されていくことに異論を挟む方はいないでしょうし、今回の改正は大いに歓迎されるべきものです。
 ところで、民事訴訟の大家でいらした三ヶ月章先生の数々のご著書は「燃える三ヶ月節」で溢れており、実務家の端くれになってからも時折紐解きますが、「法学入門」の第1講「『人間』の尊厳としての法」においては熱い言葉が随所に見られます。

「法とは、まさに、向こう三軒両隣にちらほら出没するところの、悩みや悲しみや喜びに明け暮れる存在、一言でいえば喜怒哀楽を免れることのできない愛すべき『人間そのもの』をその対象とするものなのである」(「法学入門」4頁)

「法律を学ぶために欠くことのできない一つの主体的条件として、喜怒哀楽に織りなされるこの人間の社会や、そこで精一杯生きている人間というものに対して、大らかな人間愛に裏付けられた興味と知的好奇心を持っている、ということができよう」(「法学入門」14頁)

民事関係手続の全面的な「デジタル」化は大いに歓迎すべき一方で、法の世界は間違いなく『人間そのもの』をその対象とする」、極めて「アナログ」な世界であると思う一人として、「法律を学ぶために欠くことのできない一つの主体的条件」を備えた法曹の一人になるため、これからも日々研鑽を積んでいきたいと考えています。

以上