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【事例紹介】医療法人の機関と役員の法的責任

弁護士中野 丈

1 はじめに

2016年に医療法が改正され、社団たる医療法人に設置が必要な機関として、それまでの社員総会、理事、監事に加えて、理事会が定められました(法46条の2第1項参照)。

また、理事や監事(以下合わせて「役員」といいます)の責任規程が追加されました。

以下、機関ごとのポイントと、役員の責任について説明します。

2 社団たる医療法人の必要機関

(1)社員総会

総社員によって構成される会議体で、社団たる医療法人の最高意思決定機関であり、医療法および定款で定めた事項について決議します。

医療法上の決議事項としては、理事および監事の選任および解任、定款の変更等があります。理事長は少なくとも毎年1回は社員総会を開かねばなりません(法46条の3の2第2項)。

(2)理事

原則として3人以上の設置が必要です(法46条の5本文)。理事のうち一人は理事長とし、原則として医師または歯科医師である理事のうちから選出します(法46条の6)。

また、原則として、開設する全ての病院等の管理者を理事に加える必要があります。ただし、都道府県知事の認可を受けた場合はこの限りではありません(法46条の5第6項)。

理事は、法令および定款並びに社員総会の決議を遵守し、社団たる医療法人のため忠実にその職務を行わなければなりません(法46条の6の4によって読み替えられる一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般社団法人法」83条)。また、理事は、医療法人に著しい損害を及ぼすおそれのある事実があることを発見したときは、直ちに、当該事実を監事に報告しなければなりません(法46条の6の3)。

なお、厚生労働省の医療法人運営管理指導要綱では、実際に法人運営に参画できない者が名目的に理事に選任されないように要請されています。

(3)理事会

医療法人の理事で構成される会議体であり、医療法人の業務執行の決定や、理事長の選出及び解職等を行います。2016年の医療法改正により、法律上設置が必要な機関に変更されました。これに伴い、厚生労働省発表の定款例(「医療法人制度について」平成19年医政発第0330049号)別添1)も一部改正されています(平成28年3月25日医政発第0325第3号別添1)。

なお、理事会で選出される理事長は、医療法人を代表し、医療法人の業務に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を有しますが(法46条の6の2)、業務執行のうち、重要な資産の処分および譲受けや、多額の借財、重要な役割を担う職員の選任および解任等は、理事長を含む各理事に委任することはできず、理事会で決定しなければなりません(法46条の7第3項)。

また、理事長は、原則として、3カ月に1回以上、自己の職務の状況を理事会に報告しなければなりません。ただし、定款で毎事業年度に4カ月を超える間隔で2回以上その報告をしなければならない旨を定めた場合はこの限りではありません(法46条の7の2によって読み替えられる一般社団法人法91条第2項)。

(4)監事

医療法人の業務執行や財産状況の監査などの職務を行う機関であり、当該法人の理事や職員との兼職はできません(法46条の5第8項)。

監事は、医療法人の業務と財産状況の監査、毎会計年度の監査報告書作成と社員総会等への提出、不正行為や法令等に違反する重大な事実を発見した場合の都道府県知事、理事会等への報告等の義務を負います(法46条の8)。

また、理事会に出席し、必要があると認めるときに意見を述べる義務を負います(法46条の8の2第1項)。

なお、上記の医療法人運営管理指導要綱においては、監事についても、法人監査業務を実施できない者が名目的に選任されることなく、財務諸表を監査し得る者が選任されることが要請されています。

3 役員の損害賠償責任について

(1)役員は、上記の義務の他、善良な管理者の注意をもって委任された事務を処理する 義務(善管注意義務)を負います(法46条の5第4項、民法644条)。この義務は、職業・地位・知識等に応じて一般的に要求される注意義務を意味し、その具体的内容は、個々のケースにおいて諸事情を勘案の上、法的観点から決せられるとされています。そして、この義務に違反したことによって医療法人に損害が生じた場合、役員は、医療法人に対する損害賠償責任を負います。

また、役員は、任務を怠ったことにより医療法人に生じた損害についても、これを賠償する責任を負います(法47条1項)。

さらに、役員が職務を行うについて悪意または重大な過失があり、これによって第三者に損害が生じた場合には、その第三者に対して賠償する責任も負います(法48条1項)。

(2)医療法人の理事長が、実質的に単独でその経営方針を決定しており、他の理事も理事長の方針に追随しているようなケースでは、その関係が継続する限りは、各役員が医療法人から損害賠償請求されることは起きにくいようにも思えます。

しかしながら、そもそも理事長個人と医療法人は別個の法主体であり、法律上も理事会の設置が必要とされ、理事会を経なければ決定できない業務も定められている以上は、代表者であっても理事長が医療法人の業務執行について全権を有しているわけではないことを理解すべきです。当然のことながら、理事長に従ってさえいれば他の理事の個々の責任が不問になるわけではないことも、忘れてはなりません。特に、経営悪化や不祥事により理事長が交代した場合は、当該元理事長に対してだけでなく、理事長の方針に追随した各理事の責任を追及されることも十分考えられます。

また、医療法人自体には、個々の理事への損害賠償責任の追及の意思がなくても、第三者責任を負う場合がありますし、法律上定められた債権者代位権(民法423条)という制度を使って、当該医療法人の債権者から、医療法人に代わって責任追及され得る場合もあり得るところです。

過去に、実際に、医療法人の債権者が、理事長や各理事に対して、その責任を追及するために訴訟を提起した事例がありました。この事例は、医療法人が経営する医院等の資金繰りのため、理事長が、医療法人に架空のリース契約を多数結ばせたことにより、医療法人が多額の対外的な債務を負って経営破綻させたケースですが、形式的に理事に就任していた者の責任についても問題とされました。

裁判所は、形式的に就任していた理事について、財産状況が芳しくないことを実際に認識した後は、業務執行を監視すべき善管注意義務を負っていたと認めた一方で、形式的な理事就任であったこと、理事会の開催事実が認められないこと、仮に財産状況について理事長に説明を求めても実情が明らかになったとは考え難いことなどから、善管注意義務に違反したとは認めませんでした。

しかしながら、この事例は、2016年の医療法改正前のものです。医療法改正により、役員の責任が明確化された現行法のもとで、同様のケースであっても同様の判断がなされるとは限りません。株式会社において医療法人の理事と類似の立場にある役員たる取締役については、名目的な就任者であっても責任が認められている裁判事例はありますので、注意が必要です。

4 最後に

2016年の医療法改正が、医療法人の機関による監視体制を強化するものであることからは、形式的な理由から役員に就任した場合や、名目的に役員に就任してしまったような場合であっても、改正前より厳しくその責任が問われるものだと考えておくべきでしょう。

また、役員には、医療法人や第三者に対する責任が発生することまで理解するようにしてください。

                    ≪弁護士 中 野 丈≫