コラム

不正行為が発覚し、懲戒解雇を検討していた従業員から外部労働組合を通じて退職申入れを受けた場合の対応上の留意点

弁護士石井 林太郎

近年、「退職代行サービス」を利用して退職手続を進める労働者が増えています。この退職代行サービスは、元々、「辞めると周囲に迷惑がかかる」「引き止められると退職がしづらい」といった点を懸念する労働者のニーズに合致するものとして2018年頃から急速に普及するようになったものです。

しかしながら、近時、在職中の不正行為が発生し又はその疑念が生じた際において、会社による調査手続や懲戒処分手続の着手に先んじて、あるいはその途中で退職代行サービスを利用して退職の申入れが行われるケースも増えています。
また、弁護士又は弁護士法人ではない者がこの退職代行サービスを行う場合、いわゆる非弁行為(弁護士法第72条)に該当するおそれがあることから、近時は、労働組合というスキームを利用して退職代行サービスを行う退職代行業者(いわゆる退職代行ユニオン)も非常に増えています。
そこで、以下では、在職中の不正行為の疑念が生じたため会社が懲戒解雇処分も視野に調査手続を進めていたところ、これを察知した労働者が退職代行ユニオンを通じて退職申入れをしてきた場合を想定して、その対応の留意点について解説します。

1 調査手続及び懲戒処分手続の進行について

(1)対象労働者の協力を得られないこと及び退職申入れから2週間で退職の効力が発生することを意識した迅速な対応

退職代行サービスを利用する場合に限られませんが、在職中の不正行為の疑念が生じ会社として調査及び懲戒処分手続に着手しようとした場合に、労働者が今後想定される懲戒解雇処分等を受けることに先立って退職を申入れ、退職日まで未消化の有給休暇を充てるなどと称して以後の調査への協力も拒否するケースはよく見られます。

そして、無期労働者の場合、原則として辞職の申入れをしてから2週間の経過をもって退職することが可能とされています(民法627条)。なお、就業規則で2週間以上の予告期間を定めていたとしても、合理的理由がない限り(あるいは合理的理由の有無を問わず)、そのような定めは公序良俗違反(民法90条)として無効となることがあり得るため(比較的近時の裁判例として東京地裁令和2年6月23日(判例集未搭載)、福岡高裁平成28年10月14日労判1155号37頁)、辞職の申入れから2週間の経過をもって退職の効力が生じるものと想定して対応しておくことが無難です。

そのため、対象労働者の協力が得られず、辞職の申入れがあってから2週間で退職の効力が生じてしまうことを前提に、かつ、対象労働者の自白や調査協力によらずに他の客観的事実及び証拠に基づいて不正行為の認定及び懲戒解雇を含む重たい懲戒処分を行うことが可能であるかどうかを判断する必要が生じますので、調査手続は特に迅速に実施する必要があります。

(2)就業規則の懲戒規定に基づいた弁明手続等の実施

経験上、調査中に退職の申入れをしてくる労働者の場合、弁明手続の参加にも消極的である労働者の方が多い印象を受けますが、その場合も懲戒規定等に定められた所定の弁明手続を省略して良いことにはなりませんので、懲戒規定に基づき、弁明書の提出や弁明期日の指定・通知等の所定の弁明手続を行う必要があります。

(3)解雇予告手当の支給及び解雇予告除外認定手続の利用の検討

懲戒解雇も解雇であるため、解雇予告手当規制(労基法20条)の対象となるため、解雇予告も解雇予告手当の支払いもせずに懲戒解雇を行うためには、所轄の労働基準監督署に解雇予告手当除外認定申請を行い、除外認定を受ける必要があります。
なお、この除外認定は、懲戒解雇後に事後的に受けることも制度上は不可能ではないとされていますが(昭和63年3月14日基発150)、所轄の労働基準監督署によっては懲戒解雇後の除外認定申請を受理しないケースもありますので、解雇予告手当の不支給を検討している場合は、少なくとも除外認定申請は懲戒解雇通知に先立って行っておく必要があります。ただし、除外認定のハードルは相当に高いものであり、労働基準監督署によっては対象労働者が労働基準監督署の事情聴取に応じない場合又は応じても事実を認めない場合等は除外認定を行わないという相当に厳格な運用を行っているケースも少なくありません。
そのため、解雇予告についてはこれを支給せざるを得ない可能性も相当程度あることを前提に社内のコンセンサスを得ておく必要があります。

2 労働組合対応について

(1)労働組合の目的の見極め

労働組合を称する団体から突然申入れを受けることで萎縮してしまう会社も多いですが、上記のとおり、退職代行業者が非弁行為該当性を回避するために労働組合というスキームを用いるケースも近時では増えていますので、まずは、労働組合を称する団体からの申入れ内容が専ら退職の申入れに関するものであるのか、それとも、退職に関する事項以外にも会社に対して何か要求や交渉を求めているのか、その目的を見極めることが重要です。

(2)労働組合が法適合組合であるかどうかの確認

上記のとおり、近時、労働組合というスキームを用いた退職代行業者が増えているのは、弁護士又は弁護士法人ではない者が退職代行サービスを行う場合、その内容によっては非弁行為に該当するおそれがあるため、労働組合法に基づく労働組合というスキームを用いることにより、労働者に代わって会社と対応・交渉する権限(労働組合法6条)を獲得する点にあります。
しかしながら、労働組合法上の労働組合と認められて労働組合法に基づく手続きへの参加その他同法に基づく救済を得るためには、労働組合法2条所定の要件を満たすことが必要であり、そのために、労働組合は労働委員会に証拠を提出し、自らが労働組合法2条所定の要件を満たす労働組合であること(これを「法適合組合」といいます。)を立証しなければなりません(労働組合法5条1項)。

退職代行ユニオンの中には上記の所定の手続を履践して法適合組合となっているケースもありますが、その手続を履践していないように見受けられる退職代行ユニオンも相当数存在しますので、介入してきた退職代行ユニオンに対し、法適合組合であることの確認を求めることが望ましいと言えます。

もっとも、法適合組合ではない場合も、交渉等は一切行わずに労働者の退職の意思を使者として伝えているに過ぎない場合には、そのような退職代行ユニオンの行為も直ちに違法なものとはいえないことから、労働者に退職の意思がある可能性が高いと判断できる場合には、退職代行ユニオンが法適合組合であるかどうかの確認に過度に固執し過ぎずに対応する方が良いケースもあります。ただし、法適合組合であるかどうかの確認ができない退職代行ユニオンが窓口となっている場合において、給与・退職金等の支払い先として退職代行ユニオンの指定口座への振込を求められた場合には、これを拒否し、労働者の従前の給与口座への振込を行うべきです。