株主総会において退職慰労金支給議案が否決された退任取締役の会社に対する金銭請求が認容された事案(広島高等裁判所判決)
会社法では、取締役の報酬、賞与その他の職務執行の対価として株式会社から受ける財産上の利益は、定款に当該事項を定めていないときは、株主総会の決議によって定めることとされています(第361条1項)。退職慰労金も、取締役の在任中の職務執行の対価の後払いとしての性質又は功労的性質があるため、その在職中における職務執行の対価として支給されるものである限りこれに含まれると一般に解されています。よって、定款の定め又は株主総会で支給決議がなければ、退任取締役の会社に対する退職慰労金請求権は発生しないことになります(黙示の合意も認められないとして請求を認めなかったケースとして最高裁第一小法廷平成4年9月10日判決の原審である東京高裁平成3年7月17日判決参照)。
しかし、定款で退職慰労金の支給に関する定めがない会社において、何らかの事情で退任取締役と他の取締役らの間に方針の違いや紛争があった場合に、取締役会が退任取締役の退職慰労金支給を決議するための株主総会を開催せず、又は株主総会において当該議案を上程しないことがあります。このような場合に、退任取締役が退職慰労金又はそれに相当する金銭を会社に請求できる場合があるのかが問題となり、個別の事情により一定金額の支払請求が認容されたケースはいくつかあります。
広島高裁令和5年11月17日判決においては、退任取締役に対する退職慰労金支給議案が株主総会において否決された後、当該退任取締役が、会社の代表取締役(当該議案が否決された株主総会で議長を務めていた)に対して当該総会における議事運営を著しく不当に行ったなどとして会社法429条1項(役員等がその職務を行うについて悪意又は重大な過失があったときの第三者に対する責任)又は民法709条(不法行為)に基づく損害賠償請求を、会社に対して会社法350条(代表者がその職務を行うについて第三者に加えた損害を会社として賠償する責任)又は民法715条(使用者責任)に基づく損害賠償請求をした裁判において、これを認容しました。
その理由は、「会社と取締役との間の任用契約には、通常、定款や会社法の規定に従い、定められた報酬を支払う旨の明示又は黙示の特約が含まれていると解されるし、会社が退職慰労金の算出方法について規程を定め、株主総会で退職慰労金の支給決議がされたときの金額が明確になっている場合には、退任取締役の退職慰労金支給を受けられるとの期待は、法律上保護に値する利益に当たるものと解される。」としつつ、「株主総会において退職慰労金支給に関する議案が否決された場合には、具体的な退職慰労金の支払請求権は発生しないというほかないが、退任取締役に対する従前の退職慰労金支給の状況、今回不支給とされた理由、その相当性ないし合理性、不支給決議がされた際の審議の状況など当該決議に至った経緯、株主や会社関係者の意図等の諸事情を総合し、退職慰労金の不支給決議が退任取締役の法律上保護される利益を違法に侵害したものと認められる特段の事情があるときは、不法行為が成立するものとして、損害賠償を求めることができると解すべきである」と述べられています。つまり、退任取締役の退職慰労金支給を受けられるとの期待が一定の場合には法律上保護に値する利益に当たるものであり、これが違法に侵害されるような事情があれば会社に損害賠償責任が認められ、結果として退任取締役に一定額の退職慰労金が支給されるのと同様の効果が生じることになるということになります。
仮に退職慰労金を支給しないこととする場合でも、その理由に相当性、合理性があり、不支給とする際の手続が適正に行われることが重要であることを再認識させられる事案でした。
(文責:弁護士平石孝行)