判例紹介

預金残高証明書が偽造されたものであることに気づかず会計帳簿と照合し適正意見を表明した監査役の責任について判示した最高裁判決

弁護士平石 孝行

株式会社の監査役は、計算書類等につき、これに表示された情報と表示すべき情報との合致の程度を確かめるなどして監査を行い、会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかについての意見等を内容とする監査報告を作成しなければならない義務が定められています(会社法436条1項、会社計算規則121条2項、122条1項2号)。では、監査役として、どの程度まで会計帳簿とその裏付け資料との突合調査をしなければならないのか、監査法人と異なり、組織力も場合によっては会計的な知識・経験も十分に有しない監査役の場合には不安材料となります。

この基準を示した最高裁判例が本年7月に出されたのでご紹介します。会計監査人を置かない公開会社ではない株式会社で、監査の範囲が会計に関するものに限定されている監査役設置会社において、経理担当従業員が長期間にわたり不正に会社名義の当座預金口座自己の名義の預金口座に送金し、合計2億円以上の資金を流用しており、当該従業員はその不正の発覚を防ぐため、当該口座の残高証明書を偽造していました。この会社の監査役は、当該従業員が不正を行っていた期間、計算書類等の監査を実施しましたが、当該従業員から提出された残高証明書が偽造されたものであることに気付かないまま、これと会計帳簿とを照合し、上記計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認するなどし、上記各期の監査報告において、上記計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示している旨の意見を表明していました。しかし、その後、当該不正が発覚し、この監査役の任務懈怠が問題とされるに至りました。

最高裁判所は次のとおり判示しました。『監査役は、会計帳簿の内容が正確であることを当然の前提として計算書類等の監査を行ってよいものではない。監査役は、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでなくとも、計算書類等が会社の財産及び損益の状況を全ての重要な点において適正に表示しているかどうかを確認するため、会計帳簿の作成状況等につき取締役等に報告を求め、又はその基礎資料を確かめるなどすべき場合があるというべきである。』そして、当該口座に係る預金の重要性の程度、その管理状況等の諸事情に照らして監査役が適切な方法により監査を行ったといえるか否かにつき更に審理を尽くして判断する必要があり、また、任務を怠ったと認められる場合にはそのことと相当因果関係のある損害の有無等についても審理をする必要があるとして、本件を原審に差し戻すこととしたのです。

会計限定監査役は、計算書類等の監査を行うに当たり、会計帳簿が信頼性を欠くものであることが明らかでない場合であっても、計算書類等に表示された情報が会計帳簿の内容に合致していることを確認しさえすれば常にその任務を尽くしたといえるものではないと明確に判示されていることから、監査役としては、計算書類が会計帳簿の内容を正確に反映しているかだけでなく、会計帳簿内の整合性や場合によってはその裏付けとなる帳票類の原本まで確認する必要があると心得るべきであり、その任務の重大性を改めて認識する機会となる事件でした。

この最高裁判決の詳細は、最高裁判所のホームページに表示されていますのでご参照ください。

https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/486/090486_hanrei.pdf

≪弁護士 平石孝行≫