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DNA鑑定によれば血縁関係がない場合であっても、法律上の父子関係の不存在を確認する訴えは不適法とした最高裁判決について

最高裁第一小法廷は、平成26年7月17日、DNA鑑定によれば血縁上の父とは認められない者を被告とする親子関係不存在確認の訴えにつき、嫡出推定が及んでいるとして、訴えを不適法却下する判決を下し、社会の注目を集めました。

 本件は、簡略化すると以下のような事案でした。

妻Aと夫Bは平成11年に結婚をし、平成20年頃から妻AはCと交際を始め性的関係を持つようになったが、AはBとの同居生活は続け、夫婦の実態が失われることはなかった。平成21年にAは妊娠して子を出産し、Bは生物学的には自分の子ではないものとはわかっていたが、AとBの子として出生届けを提出し、監護養育をした。その後、平成22年にAとBは子の親権者をAとして協議離婚をし、平成23年6月、Aは子の法定代理人として、Bと子との間の親子関係の不存在を主張して、親子関係不存在確認の訴えを提起した。なお、その後子はAとCと共に生活しており、DNA検査の結果によれば、Cが子の生物学上の父である確率は99.999998%であった。

 ここで、問題点を整理してみます。

嫡出推定に関する現行民法の規定は、妻が婚姻中に懐胎した子を夫の子と推定し(民法772条1項)、夫において子が嫡出であることを否認するためには、嫡出否認の訴えによらなければならず(同法775条)、この訴えは、夫が子の出生を知った時から1年以内に提起しなければならない(同法777条)とされています。そして、このような嫡出推定に関する規定があることに伴い、父性の推定の重複を回避するための再婚禁止期間の規定(民法733条)及び父を定めることを目的とする訴えの規定(同法773条)が整備されています。

本件にあてはめると、本件の子は、AとBの婚姻中に母Aが懐胎し、Aから生まれた子であるため、民法の定めを素直に適用すれば、夫Bの嫡出子と推定されます。要するに、DNA鑑定によればBと血縁関係がない本件のような場合であっても、民法の規定をストレートに適用すれば法律上の父はBであり、子は推定される嫡出子ということになります。このような場合に子がBの嫡出子であることを否定するためには、原則的にはB自身が嫡出否認の訴えを、子の出生を知ったときから1年以内にしなければなりません。

このように、民法は、父子の法律関係を安定させるために、1年以内に限って、「嫡出否認の訴え」という特別の類型の訴えを認めているのみであるため、本件のように1年経過後に「親子関係不存在確認の訴え」によって父子の法律上の親子関係がないことを確認できるのか、ということが本件では問題となりました。

もっとも、婚姻中の夫婦間で生まれた子であっても、例外的に嫡出推定が及ばない場合もあることを、過去の判例が認めています。すなわち、最判昭和44年5月29日等の判決は、「民法772条2項所定の期間内に妻が出産した子について、妻がその子を懐胎すべき時期に、既に夫婦が事実上の離婚をして夫婦の実態が失われ、又は遠隔地に居住して、夫婦間に性的関係を持つ機会がなかったことが明らかであるなどの事情が存在する場合には、上記子は実質的には同条の推定を受けない嫡出子に当たるということができるから、同法774条以下の規定にかかわらず、親子関係不存在確認の訴えをもって夫と上記子との間の父子関係の存否を争うことができると解するのが相当」である旨を判示しています。本件では、Aの懐妊当時、AとBは夫婦として同居していた実態があったため、このような例外的な場合にはあたりませんでした。

 このような事案で、原審は、以下のように判示し、当該訴えの適法性を肯定し、Bと子の間の親子関係の不存在確認請求を認容すべきものとしました。

「嫡出推定が排除される場合を妻が夫の子を懐胎する可能性がないことが外観上明白な場合に限定することは、相当でない。民法が婚姻関係にある母が出産した子について父子関係を争うことを厳格に制限しようとした趣旨は、家庭内の秘密や平穏を保護するとともに、平穏な家庭で養育を受けるべき子の利益が不当に害されることを防止することにあると解されるから、このような趣旨が損なわれないような特段の事情が認められ、かつ、生物学上の親子関係の不存在が客観的に明らかな場合においては、嫡出推定が排除されるべきである。上告人と被上告人との間の生物学上の親子関係の不存在は科学的証拠により客観的かつ明白に証明されており、また、上告人と甲は既に離婚して別居し、被上告人が親権者である甲の下で監護されているなどの事情が認められるのであるから、本件においては嫡出推定が排除されると解するのが相当であり、本件訴えは適法というべきである。」

 しかし、最高裁はこれを是認せず、本件の訴えを不適法却下としました。理由は以下のとおりです。

「民法772条により嫡出の推定を受ける子につきその嫡出であることを否認するためには、夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし、かつ、同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは、身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる。そして、夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり、かつ、夫と妻が既に離婚して別居し、子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても、子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないから、上記の事情が存在するからといって、同条による嫡出の推定が及ばなくなるものとはいえず、親子関係不存在確認の訴えをもって当該父子関係の存否を争うことはできないものと解するのが相当である。 このように解すると、法律上の父子関係が生物学上の父子関係と一致しない場合が生ずることになるが、同条及び774条から778条までの規定はこのような不一致が生ずることをも容認しているものと解される。」

 当該判決には、2人の裁判官の補足意見及び2人の裁判官の反対意見が付されています。

筆者としては、親子関係不存在確認の訴えを不適法とした最高裁につき、「もし親子関係不存在確認の訴えが認められないとすれば、Bとの法律上の親子関係を解消することはできず、Cとの間で法律上の実親子関係を成立させることができないため、血縁関係のある父Cが分かっており、その父と生活しているのに、法律上の父はBであるという状態が継続してしまう」ことの不都合性を指摘する金築裁判官の反対意見もよく理解できるところですが、他方、訴えの適法性を認めた原審につき、「この考え方は、有り体にいえば、外観上夫との性的交渉の余地がない妻が出産した子であることが分かる特殊な場合に限らず、外観上夫婦がそろったごく一般的な家庭に生まれた子であっても、たまたま何かの機会にDNA検査をしたところ生物学上の父子関係がないことが判明した場合は、いつでも、利害関係がありさえすれば誰でも、親子関係不存在確認の訴えを提起して、その不存在を確認する判決を受けることができ」てしまうとする山浦裁判官の補足意見も説得力があると思います。

究極的には立法政策の問題であるとの指摘もなされていますが、このような「推定される嫡出子」の制度も含めて、皆様はどのような感想をお持ちでしょうか。

 最高裁判決全文

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/337/084337_hanrei.pdf

 以上