コラム

民事裁判の迅速化は弁護士の実力次第である

弁護士渡邉 聖人

1 はじめに

私は裁判官でしたが、現在、判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律に基づき、弊所で弁護士として執務しております。

同法律に基づき弁護士として活動できるのは、原則2年間とされており、私もあと1カ月強でその2年間を満了しようとしております。

裁判官と弁護士の両方を経験させていただいた身として、民事裁判の迅速化についての考えをまとめさせていただきます。

2 民事裁判の長期化現象

裁判所は、裁判の迅速化に関する法律に基づき、裁判の長期化の原因を調査分析し、その結果を2年毎に公表する報告書を作成しております(裁判の迅速化検証 | 裁判所)。

令和5年7月に公表された第10回迅速化検証報告書では、平均審理期間が年々伸びており、令和4年度は10.5カ月である旨報告されており、近年、民事裁判の長期化が問題視されております。

一方、裁判所が毎年作成している司法統計(司法統計年報 | 裁判所)をみると、令和5年の司法統計の第20表には、地方裁判所の通常事件既済件数につき、総数13万7596件に対し、6月以内で終わるものが合計7万6084件とされています。これだけを見ると多くの事件が半年以内で裁判を終了しているように思われます。

しかし、この中には、被告が欠席して第1回口頭弁論期日で終結した事件や、ほとんど争いがない事件も含まれており、原告の請求をそのまま認めることで足りる事件が多いと思われます。裁判は、基本的には裁判外(前)交渉が不調に終わった末に提起されるものですから、被告も争っている事件についてはそれ以上の期間がかかっているのです。

私の体感ですが、1年以内に終わる事件であれば早い方で、ある程度の整理や尋問が必要となる事件については優に1年を超えていき、合議事件となると2年を超えるのも多い(むしろ通常である)印象です。

第1審のみでこの年数がかかっているのですから、一方が控訴・上告をするとなると、1つの事件が終わりを迎えるまで、少なくとも2~3年程度はかかることとなります。私が以前担当していた事件では、第1審だけで6年以上かかった事件も複数ありました(6年もたつと新生児も小学生になってしまいます。)。

民事裁判の遅延は、権利の実現に対する大きな障害となりますから、その迅速化は、裁判官にとって常に検討しなければならない事柄です。

3 制度の改正

今般、コロナ禍対応による書面準備の活用やIT化対応に関する民事訴訟法の改正があり、WEBを前提とした争点整理手続、口頭弁論手続を導入するなどして、民事裁判の遂行の仕方も大きく変わりました。

民事裁判がより利用しやすくなるよう、チームズを用いて期日間でもやり取りをしたり、表や画像の共有による協議ができるようになりました。

また、今後施行される法定審理期間制度は、半年での審理を終結するものとなっており、実際の活用がどうなるかが期待されているところです。

4 裁判官の個別の取組み

裁判官の訴訟指揮においても迅速化につながる多数の取組み例があります。よく行われているのは、被告が争う事件については第1回口頭弁論期日を取り消して被告の実質答弁が出されたタイミングで争点整理手続を行う方式です。ほかにも、請求が複雑なものについて、準備書面の往復をせずにエクセル表による共同編集(表を用いた争点整理)を行うこともよく行われております。

また、個々の裁判官によっては、当事者双方に判決に書くような要件事実に即した主張に整理してもらう方法や、法定審理期間制度を意識して半年以内での審理終結を目指して、第1回の争点整理手続から双方と綿密な主張の詳細を伺い、終結までの道筋(スケジュール)を暫定的に決める方法なども見聞きしたことがあります。判決書作成に対する負担を軽減するべく、いわゆる新様式判決からさらに要点を抽出したシン・新様式判決の提唱もされているところです。

このように、新制度や個々の裁判官の取組みによって、民事裁判が少しでも迅速となるよう、裁判所組織全体が試行錯誤の上で尽力しております。

5 裁判官の現状

しかし、このような取組みなどがあっても、現状、全体として裁判が著しく迅速化したという報告には接したことがありません。先ほどの報告書でもあるとおり、審理期間はむしろ長期化しているという報告がされています。

なぜ裁判が迅速化しないかは、いろいろと原因はあるかと思いますが、一つはやはり裁判官の不足にあるものと思われます。

民事事件の裁判官は、一人当たり100件以上の事件を抱えており、200件以上も抱えている方もいると聞いております。一つの事件にかけられる時間は少なく、全ての事件で迅速化に向けた取組みを行う余力がないのが現状です。

司法予算は限られているので、裁判官が急激に増大することはあり得ないでしょう。民事裁判の迅速化のためには、裁判官に頼らないで済む抜本的な解決方法も考える必要があります。

6 弁護士の実力が迅速化のカギである

私が裁判官として事件を担当していたときに、一番の苦悩は、準備書面の内容がしばしば理解できないことでした。準備書面が長すぎて大事なところが読みとけない、気持ち・気合いはわかるが法的にどう結びつくのかわからないなど、何度か読み直して何を主張しているのかを検討しているうちに期日が来て、弁護士さんと議論をして、主張を明確化する作業をしてもらい、その作業を複数回繰り返してようやく法的な意味合いが見えてきますが、そうこうしているうちに既に半年ほど経過していたこともよくありました。

裁判の初期段階に提出される書面が法的に整理されており、裁判官がすっと理解できるようなものであれば、この作業はほとんど不要であり、裁判官も当初から適切で迅速な訴訟指揮を発揮することができるはずです。

そうしますと、裁判官が理解しやすい準備書面を作成することが審理の長期化に対する解決方法の一つとなると思われます。すなわち、弁護士の実力こそが迅速化のカギとなるのです。

7 どのような書面が望まれるか

準備書面は裁判官に対する法的説得です。感情的な説得では裁判官はうなずきません。①法的論理構造を明確にして、②言葉や文法は正確なものを使用して、裁判官の頭を混乱させない、ノイズを発生させないことが重要です。

8 法的論理構造を明確にすること

 ⑴ 法的意味合いを明示すること

民事裁判は、訴訟物と要件事実の世界で動いております。どの訴訟物のどの要件に関するものかを意識して明確にすることが重要です。法的意味合いが不明確である主張は、裁判官の頭を混乱させ、無視されてしまったり違う意味に捉えられたりします。また、他の大事な主張をぼやかしてしまうことになります。

例えば、項の見出しや一文目に、どの訴訟物のどの要件に関するものであるのかを明確にしていれば、裁判官が道に迷うことがなくなると思われます。

また、間接事実については、どの要件にどのように結びつくのかの意味合いも明らかにした方がよい場合が多いです。

 ⑵ 法的三段論法を意識すること

「大前提(ルール)→小前提(事実)→結論」の法的三段論法を意識することが重要です。

大前提(ルール)として、法令の要件及びその解釈(最高裁判例があればその解釈)を明示して、小前提(事実)として本件の事実とその評価(大前提へのつながり)を記載します。

公序良俗違反や解雇の相当性などの法的評価を伴う大前提(ルール)の場合には、考慮要素を含めて判断基準を明示できることが望ましいです。

過失による不法行為の場合の注意義務違反も、その構造は法的三段論法と同様です。大前提(ルール)として「Aの場合にはBをしなければならない(Aの場合にBをしなければ注意義務違反となる)」があり、小前提として「本件は、Aの場合である」ことを主張して、結論として「よって、Bをしなければならなかった」と構造化できます。

9 言葉や文法は正確なものを使用すること

言葉や文法に揺れがあったり、不明確な言葉が使用されていたりすると、裁判官の頭を混乱させることとなります。以下の点では尽きませんが、私は、文章を書く時にこれらを意識することが重要と考えております。

⑴ 事実と評価を分けること

⑵ 多義的・抽象的表現を避けること

⑶ 主語→日付→相手方→述語の構造を徹底すること

⑷ 受動態での記載を極力避けること

⑸ 一度定義した言葉を別の言葉で使用しないこと

⑹ 二通りに読める記載をしないこと

⑺ 一文で複数のことを論じないこと

⑻ 証拠や裁判例・文献の言葉の引用は正確に行うこと

10 終わりに

以上のような準備書面の記載が意識されれば、それだけ必要な審理期間は短くなるはずです。弁護士としては、依頼者の権利の早期実現のためにも、不安定な状態からの脱却のためにも、民事裁判の迅速化を意識した訴訟活動をすることが重要と思われます。

弊所には、民事裁判経験に長けており、卓抜した実力を有する弁護士が多数在籍しております。民事裁判の提起を検討している方、不幸にも裁判に巻き込まれてしまった方は、是非とも弊所へのご相談をよろしくお願いいたします。

弊所での弁護士経験を通じて、私も多くの新しい発見を得ることができました。末尾になりますが、ご依頼いただいたクライアントの皆様、たくさんのご指導・ご鞭撻をいただいた弊所の先生方、万全のサポートをしてくださったスタッフの皆様に厚く御礼申し上げます。