上海便り② ~商業賄賂~
中国・上海の法律事務所にて研修中の筆者が、中国の法制度、実務の動向などを、不定期にコラム形式で紹介します。第2回の今回は、中国における商業賄賂について、簡単に紹介したいと思います。
今年9月、ある日本企業の元役員が、中国現地法人に対する中国税関からの処分を軽くしてもらうため、中国の地元政府の幹部に賄賂を贈ったとして、不正競争防止法違反容疑で愛知県警に逮捕されました。
この事件、贈収賄の舞台は中国であったものの、収賄側が外国の公務員であったため、日本の不正競争防止法(外国公務員に対する不正の利益等の供与等の禁止)違反容疑で立件されたものですが、このようなニュースに接すると、日系企業を含む外国企業までが「順応」してしまう中国の汚職・賄賂問題の根深さを感じずにはいられません。
しかし、実は、中国は日本よりも賄賂に関する法規制が広範であることをご存知でしょうか?
すなわち、中国では、公務員に対するものだけでなく、民間企業やその役職員に対する贈賄、及びこれらの者による収賄についても、「商業賄賂」として刑事罰(刑法)及び行政罰(不正競争防止法)が設けられているのです。
以下、国家機関や国有企業等が関与するものを除き、その概要を説明します。
まず刑法では、国家職員以外の者による犯罪として「会社、企業、その他の組織の職員」による収賄罪(①)、及びこれらの者に対する贈賄罪(②)が規定されています(刑法第163条、第164条)。
①②ともに、日本とは異なり、賄賂金額の規模により法定刑が異なるのが特徴ですが、その規模については、以下のとおり、賄賂金額が「比較的大きい」場合とか、「巨額」である場合とかいう抽象的な表現がなされているのみで、具体的金額に関する言及がありません。この点は、いかにも中国らしい規定ぶりだと言えましょう(日本であれば罪刑法定主義に反し違憲?)。
賄賂金額が「比較的大きい」場合:① 5年以下の懲役又は拘留
② 3年以下の懲役又は拘留
賄賂金額が「巨額」である場合 :① 5年以上の有期懲役+財産没収の併科可
② 3年以上10年以下の懲役及び罰金の併科
なお、中国では、以上とは別に、最高人民検察院及び公安局が共同で、公安機関の管轄する刑事案件について立件・訴追の基準を定めていますが、①②に関する立件訴追基準(賄賂金額による)は以下のとおりです。但し、以下の基準は、あくまで立件・訴追の目安であって、同基準に達しない事案でも、公安機関の裁量により立件・訴追の可能性がある点には注意が必要です。
① 5000元(8万円前後)以上
② 個人による場合:1万元(16万円前後)以上
組織による場合:20万元(320万円前後)以上
また、②に関しては、組織による贈賄の場合には、「直接に責任を負う主管者、その他の直接責任者」個人のほか、当該組織自体も罰する旨の両罰規定があり、更に、訴追前の自白が処罰の任意的減免事由とされています。
なお、最高人民法院と最高人民検察院が定めた「司法解釈」によれば、商業賄賂における「財物」は、金銭、現物のほか、金銭によって評価することのできる財産的利益(例えば、建物の内装、チャージ式カード、金券、旅行費用)を含むとされており、また、賄賂と合法的な贈与の区別については、財物やり取りの背景、財物の価値、やり取りの原因、時期、方法、職務上の請託の有無、受領者が職務上の便宜を利用して提供者の利益を図ったか否か等の要素を考慮して、総合的に判断しなければならないとされています。
次に、不正競争防止法ですが、同法では商業賄賂につき「事業者は、財産又はその他の手段で賄賂行為を行うことにより商品を販売又は購入してはならない。」と極めてシンプルに規定されており(同法第8条第1項)、犯罪行為を構成しない場合に(犯罪を構成する場合は、該当法律に基づき刑事責任を追及)、監督検査部門が1万元(16万円前後)以上20万元(320万円前後)以下の過料を課すことができ、また違法所得があればこれを没収する、と規定されています(同法第22条)。
もっとも、以上のようなシンプルな規定では、具体的にどのような行為が商業賄賂の範囲に含まれるのか、必ずしも明らかではありません。多額又は高価な金銭、物品の供与、食事接待、費用の肩代わり、寄付等の「わかりやすい行為」であれば、商業賄賂への該当性判断もそれほど困難ではないように思いますが、それ以外の、正常な取引においても利用され得る各種費用名目での支出や金員受領に関しては、上記規定だけでは、商業賄賂と正当な商業行為の線引きは難しいと言わざるを得ません。
この点については、関連する行政法規が、リベート、値引き、仲介手数料について、「帳簿上に適切に記帳しているか否か」を、両者を区別する基準の一部として示しています。
当該基準によれば、例えば値引きの場合、契約当事者双方が、当該値引きについて、契約に約定する金額及び支払方法に基づき、財務帳簿上に、財務会計制度規定どおりに明確かつ事実どおりに記載しているのであれば正当な商業行為、そのような記帳がなければ違法な商業賄賂と判断される可能性があることになります。
また、実質的にはリベート等であるにもかかわらず、宣伝費、広告費、サービス費など別名目で記帳している場合にも、リベート等としての記帳がないとして違法な商業賄賂と判断される可能性がありますので、注意が必要です。
なお、同行政法規では、贈与についても「商業上の慣習による小額の販促用景品」は禁止対象外であると規定されていますが、具体的にどの程度の金額であれば「小額」と言えるのかについては微妙な判断です。
以上が中国における商業賄賂規制の概要ですが、併せて、中国における商業賄賂取締りの現状についても若干説明しておきたいと思います。
習近平国家主席が「トラもハエもまとめて打つ」(大物も小物もまとめて摘発する)と発言し、李克強首相も「改革は市場経済の進化に伴う腐敗退治の利器である」と述べるなど、昨年発足した新体制は腐敗撲滅に対する決意を強く打ち出しており、実際にも、汚職・賄賂摘発の報道をよく目にするようになりました。
外資系企業による商業賄賂案件についても取締りが強化されているとの情報もあります。例えば、今年7月、英製薬大手のグラクソ・スミスクライン(GSK)中国現地法人による病院関係者への贈賄行為につき、中国人幹部4名が逮捕されるという事件がありましたが、これを契機として、その他複数の外資系製薬会社にも調査が行われ、政府が製薬業界における商業賄賂取締りの重点キャンペーンを実施するなど、取締りの動きが続いているようです。
以上のような現地状況も踏まえると、(業界団体の自主規制、会社の内部規範による規制は別として)基本的に商業賄賂についての規制がない日本におけるのと同じ認識で、日系企業が中国においてビジネスを行うことは、極めてリスクが高いと言えます。
日系企業としては、中国の商業賄賂規制の内容を十分に理解し、当局による取締り状況、特に同業界に対する取締り情報に高い関心を払うとともに、GSK事件のように、ある意味で中国式のビジネスに慣れている中国人幹部による独走を防ぐためにも、社内でのコンプライアンス教育・体制の更なる充実が重要であるように思われます。
2013年10月17日 弁護士 里見 剛