いわゆる増資インサイダー問題に対する平成25年金融商品取引法改正
平成25年4月16日、「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」が国会に提出され、6月12日に可決・成立、6月19日に公布されました。これにより、いわゆる「増資インサイダー」問題への対応を含め、リーマンショック後の金融危機において、国内外を問わず不正行為やリスクとして顕在化した金融市場の脆弱性に対する対応としての、安定性及び信頼回復と機能強化が図られました 【※1】。
インサイダー取引規制は、企業の内部情報を知り得る特別の立場にある者が、未公表の重要事実を知って取引することにより、証券市場の公正性・健全性に対する投資家の信頼を損なうおそれがあることから禁止されているものです。リーマンショックに端を発した金融危機以降、インサイダー取引事案では、会社関係者や公開買付等関係者から情報伝達を受けた「情報受領者」が違反行為を行っているものが多く、上場会社の公募増資に際し、引き受け主幹事証券会社からの情報漏えいに基づくインサイダー取引事案も発生しました【※2】。証券取引等監視委員会におけるインサイダー取引に係る課徴金勧告・刑事告発事案においても、「情報受領者」による違反事案は、全体の中での過半数を占める状況【※3】になってきており、かかる違反事案への制度対応が急務とされてきました。
具体的には、改正後金融商品取引法に167条の2(未公表の重要事実の伝達等の禁止)を創設し(従前の167条の2は167条の3とされます)、その第1項においては、「上場会社等に係る第166条第1項に規定する会社関係者(同項後段に規定する者を含む。)であって、当該上場会社等に係る同項に規定する業務等に関する重要事実を同項各号に定めるところにより知ったものは、他人に対し、当該業務等に関する重要事実について同項の公表がされたこととなる前に当該上場会社等の特定有価証券等に係る売買等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもって、当該業務等に関する重要事実を伝達し、又は当該売買等をすることを勧めてはならない。」、第2項においては、「公開買付者等に係る前条第1項に規定する公開買付者等関係者(同項後段に規定する者を含む。)であって、当該公開買付者等の公開買付け等事実を同項各号に定めるところにより知ったものは、他人に対し、当該公開買付け等事実について同項の公表がされたこととなる前に、同項に規定する公開買付け等の実施に関する事実に係る場合にあっては当該公開買付け等に係る株券等に係る買付け等をさせ、又は同項に規定する公開買付け等の中止に関する事実に係る場合にあっては当該公開買付け等に係る株券等に係る売付け等をさせることにより当該他人に利益を得させ、又は当該他人の損失の発生を回避させる目的をもって、当該公開買付け等事実を伝達し、又は当該買付け等若しくは当該売付け等をすることを勧めてはならない。」と規定されました。
ここでは、会社関係者等、公開買付者等関係者等における、ⅰ)未公表の重要事実を伝える情報伝達行為を禁止し、取引推奨行為も禁止しています。他方、ⅱ)他人に利益を得させ、または他人の損失の発生を回避させる目的をもって行う場合に規定の適用があるという、「主観的要件」をも要求していることにも留意が必要です。これは上場企業における業務提携交渉やIR活動等で様々な情報交換活動が行われており、通常の企業活動に支障が生じることを回避するためとされています。そして、実際に課徴金・刑事罰の対象となるのは、更に「取引要件」を充足する場合であって、それは、ⅲ)167条の2の違反行為により(因果関係)、情報受領者が重要事実または公開買付け等の事実の公表前に当該違反等にかかる特定有価証券等に係る売買等または公開買付け等に係る株券等に係る買付け等または売付け等をした場合に限られます(改正後175の2、197の2⑭⑮)。課徴金は、仲介業以外の者においては、売買等または買付け等もしくは売付け等によって得た利得相当額の2分の1とされ【※4】(175条の2Ⅰ③、Ⅱ③)、刑事罰としては、5年以下の懲役もしくは500万円以下の罰金またはこれらの併科(改正後197の2⑭⑮)、さらには法人の代表者等が、その法人の業務または財産に関し、上記の違反行為をした場合には、当該法人に対しても5億円以下の罰金刑が科されるとされています(改正後207Ⅰ②)。
なお、上記インサイダー取引規制の見直しにかかる部分の施行は、公布の日(平成25年6月19日)から1年以内の政令で定める日からとされています(上記改正法(平成25年6月19日法律第45号)附則1条)。
以 上
【※1】
平成24年7月31日から金融審議会金融分科会内「インサイダー取引規制に関するワーキング・グループ」における7回の審議を経て、平成24年12月25日に「近年の違反事案及び金融・企業実務を踏まえたインサイダー取引規制をめぐる制度整備について」が取り纏められ問題点の抽出と法改正内容の提言がなされた。
詳細は、http://www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20121225-1/01.pdfを参照されたい。なお、本文で述べる改正点の他にも、公開買付者等関係者の範囲の拡大、一定の場合における公開買付け等事実の情報受領者に関する適用除外、第1次情報受領者と第2次情報受領者間の内部者取引(俗にいうクロクロ取引)としての適用除外等が、インサイダーに関連する改正内容に含まれている。
【※2】
当時発生した事案に関してはその都度報道されてきたが、これらの一覧は例えば、以下のURLで確認することができる。http://www.nri.co.jp/opinion/kinyu_itf/2013/pdf/itf_201301_3.pdf。この論稿の中では、増資インサイダー発生の背景が簡潔にまとめられている。
【※3】
証券取引等監視委員会が公表している「金融商品取引法における課徴金事例集~不公正取引編~」を参照。この中で特にP6からP9にかけて、内部者取引事案の特徴及び違反行為者の属性に関する統計とそのまとめが記載されている。http://www.fsa.go.jp/sesc/news/c_2013/2013/20130808-2/01.pdf
【※4】
証券会社等の場合、違反をした日の属する月の仲介業務に関して情報受領者等から支払われる仲介手数料相当額の3倍、増資引受業務の場合には、これに加えて、発行会社から受領した引受手数料相当額の2分の1の額の課徴金とされている(改正後175の2Ⅰ①②、Ⅱ①②)。