判例紹介

下請法違反(買いたたき)に当たる行為を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求が認められなかった事案(東京地方裁判所令和6年2月15日)

弁護士髙石 竜一

下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)は、親事業者の下請事業者に対する禁止事項を定め(下請法4条)、これらの行為が認められる場合、公正取引委員会が勧告(同法7条)を行うことを定めています。

また、勧告の内容として、親事業者に対し、違反類型に応じて、原状回復措置をとるべきこと(同条2項)や、下請事業者の利益を保護するため必要な措置をとるべきこと(同条3項)を定めています。

たとえば、親事業者が下請事業者に対し、大量発注を前提とした見積りを徴求し、当該見積りに基づいて少量の発注を行うような場合、親事業者の当該行為は、買いたたき(同法4条1項5号)と認定される可能性があります。このような場合、公正取引委員会は、親事業者に対し、下請代金を、少量の発注を前提とした見積りに基づく価格に引き上げるよう勧告を行うことが考えられます。

では、下請事業者は、親事業者の買いたたきに当たる行為により、あるべき価格と実際の価格との差額相当の損害を被ったとして、親事業者に対し、損害賠償を請求することができるでしょうか。下請法違反と私法上の不法行為(民法709条)該当性の関係が問題となり得るところです。

この点に関連し、下請事業者に当たる原告が、親事業者に当たる被告から装置や部品等の製作の委託を受けて複数の詰負契約を締結し、それらを完成させたにもかかわらず、被告がその製作に要した費用の対価すら下回る著しく低い対価しか支払わなかったなどと主張して、被告に対し、下請法の買いたたき行為などを理由とする不法行為に基づき損害賠償を請求した事案(東京地方裁判所令和6年2月15日金融・商事判例1698号36頁。以下「本裁判例」といいます。)において、裁判所は、以下のように判示しました。

「同法(注:下請法)がいわゆる取締法規にとどまる以上、被告の行為が同法上の買いたたき行為に該当したことの一事をもって、私法上の不法行為を構成するということはできない。被告の行為が、不法行為を構成する買いたたき行為に該当するといえるのは、原告における適正な原価と、それに対する一定の利益率(ただし、ここでは、原告が受け取るべき対価を算出するための、前記の「適正な原価」に対する割増率をいうものとして用いる。以下同じ。)を勘案した原告の受け取るべき対価を措定した上で、それと被告の支払金額との間に著しい乖離があると評価でき、原告と被告との協議状況等といった他の要素を考慮しても上記の著しい乖離が正当化されないと判断される場合に限られるべきである。」

本裁判例は、原告が受け取るべき対価と被告の支払金額を認定した上で、被告の支払金額が、原告が受け取るべき対価の95.4%であるから、両者の間に著しい乖離があるということはできないとして、原告の買いたたきに当たる行為が私法上の不法行為に当たることを否定しました。

本裁判例が出される以前には、下請法違反に当たる合意の公序良俗違反による無効についていくつかの裁判例があり、そのうちの一つである東京地方裁判所平成22年5月12日判タ1363号127頁は、下請代金の減額(同法4条1項3号)に当たる行為について、「下請法4条1項3号に違反した場合、減額に至る経緯、減額の割合等を考慮して、同号の趣旨に照らして不当性の強いときには、割引料相当額の控除の合意が公序良俗に違反して無効となることがあり得るが、そうでないときには、同号に抵触するということだけで直ちに上記合意が無効となるものではないと解するのが相当である」と判示しました。

親事業者と下請事業者の間には取引上の力の差があるとはいえ、両者の取引が合意に基づき行われていることから、裁判所は、私人間の合意を尊重しようとする私法の大原則である「私的自治」にも配慮し、直ちに、下請法違反=私法上の違法とまで判断することは差し控えるものと理解することも可能であると思われます。

近時、公正取引委員会は、下請法違反に対して厳しい態度で臨んでおり、社会的にも、下請法違反によるレピュテーションの低下の影響は大きくなっています。下請法への対応を含むコンプライアンスについてお困りのことがありましたら、当事務所までご相談ください。

以上