【事例紹介】タトゥー施術と医師法違反の成否
1 医師以外による「医行為」には刑罰
医師免許を持たずにタトゥー彫りを施術した者に対し、大阪地方裁判所は2017年9月27日に医師法違反とする有罪判決を出しましたが、控訴審の大阪高等裁判所は2018年11月14日に無罪判決を出しました。その後、本事案は最高裁判所に上告され、現在も決着がついていません。
医師法は、医師以外の者が「医業」を行うことを禁止し(17条・医業独占)、これに違反した場合の刑罰を定めています(31条)。
「医業」とは、「医行為」を業として行うことを指すと解されていますので、本事案では、タトゥー施術が「医行為」に当たるかが争点となります。
2 「医行為」の定義
医師以外が行うことを禁止されている「医行為」の定義については、従来、次のような解釈が示されてきました。
まず、行政(旧厚生省・厚生労働省)は、「医行為」とは「当該行為を行なうに当り、医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」だとしています。
一方、裁判例をみると、最高裁が「医行為」の定義を正面から直接に示したケースはなく、地裁・高裁においても「医行為」の解釈が必ずしも統一されているとは言えません。例えば、「医師が行うのでなければ保健衛生上危害を生ずるおそれのある行為」だと述べるだけのものや、そのような行為が治療目的等をもって行われることまで必要だとするもの、反対に、行為者の主観的目的が医療であるか否かを問わないと明言するものなどがあります。
このように、「医行為」の定義については、必ずしも確立した統一見解があると言えるわけではないものの、従来から、少なくとも「医学上の知識と技能を有しない者がみだりにこれを行うときは保健衛生上危害を生ずるおそれのある」と言える行為(以下「有危険行為」)であることを要件とすることに実質的な争いはありませんでした。
3 タトゥー施術の「医行為」該当性
タトゥー施術は、皮膚に針を刺して色素を注入するものですから、皮膚障害等を引き起こす危険性があると言え、「有危険行為」であることのみを要件とする見解によれば、「医行為」に該当することになります。
一方で、タトゥー施術は、医療とは通常は無関係と考えられていることから、そのような行為まで一律に医師法違反として刑罰の対象とするのは行き過ぎではないかという考え方もあります。「医行為」というためには「有危険行為」であることに加え、治療目的等も必要だとする先述の裁判例の視点も、ここにあります。
冒頭の大阪地裁判決は、「有危険行為」でさえあれば「医行為」に該当するという見解に立ち、タトゥー施術も「医行為」に該当するとしました。
これに対し、控訴審である大阪高裁は、「医行為」に該当するには、「有危険行為」に加えて、医療および保健指導の目的の下に行われる行為でその目的に副うと認められること(以下「医療関連性」)が必要だとし、タトゥー施術には医療関連性がないため「医行為」には該当しないとしました。
今回の大阪高裁の判決が、「医行為」に当たるには、「医療関連性」も必要だとした理由を整理してまとめると、大要次の通りです。
- 医師法は、医療および保健指導という職分を医師に担わせることで国民の健康な生活を 確保することを目的としている(同法1条)から、医師による医業独占も、医療および保健指導の質を維持することを目指し、その範疇にある行為にかかる危険の発生を防止しようとするものと理解すべき。
- 医療および保健指導との関連性が無い行為までを医師法による規制の対象とすれば、処罰範囲の不当な拡大を招くおそれがある。
- そもそも、医師が行うことが想定し難いような行為まで医師のみに担わせることは、現実的に不可能である。
- 「医療関連性」が無い「有危険行為」については、刑法等の異なる観点からの法的規制を及ぼし得る(から医師法の規制対象とする必要はない)。
4 美容外科やアートメイクの「医療関連性」
「医行為」に「医療関連性」が必要だとすると、健康保険適用外の美容外科手術や、アートメイク(染料をつけた針を皮膚に刺して眉やアイラインなどを描く施術)についても、「医行為」には該当しなくなるのでしょうか。この点について、大阪高裁は以下のように説明しました。
まず、美容外科が、形成外科医を中心に発展し形成外科の一分野をなして専門分化してきたこと、美容外科の基礎となる知識および技術が各大学の医学部や大病院において教育ないし研修されていることに触れたうえで、美容外科手術等により、個人的、主観的な悩みを解消し、心身共に健康で快適な社会生活を送りたいとの願望に医療が応えていくことは社会的に有用であるとしました。そして、美容外科手術等は、患者の身体上の改善・矯正を目的とし、医師が患者に対し、医学的な専門的知識に基づいて判断を下し、技術を施すものであるから、「医療関連性」を有するとしました。
また、アートメイクについては、美容等の目的での施術が主要なものであり、その事例の多くは美容外科の概念に包摂し得るものと考えられるため、美容外科の範疇として「医行為」に当たるという判断が可能であると説明されています。
一方で、タトゥーについては、その歴史や社会的位置付けに照らし、象徴的要素や社会的な風俗という実態があって、社会通念や常識からは医師が行うことが考え難いこと、また、タトゥー施術に求められる技術やデザイン素養といった本質的な内容が、医療従事者の担う業務とは根本的に異なっていることなどから、「医療関連性」が無いとしています。
5 今後の展開
大阪高等検察庁は、この大阪高裁の判決に納得せず、先述の通り、不服申立手続きである上告がされています。このため、この大阪高裁の判決は確定してはおらず、最高裁判所の判断が待たれるところです。
現状、レーザー脱毛やケミカルピーリング等のいわゆる美容医療のみならず、アートメイクも「医行為」に当たるものとして、医師以外が行うことは規制されていますが、確かに、「医行為」に当たるアートメイクか「医行為」に当たらないタトゥーか、という線引きが常にできるのかという問題は残っていると思われます。
また、「医療関連性」の要件は抽象的であるため、アートメイクやタトゥーに限らず、その有無の判断が難しいケースは少なくないのではないかとも思われます。
最高裁判所がどのような判断をするのか、興味深いところです。
以上
弁護士 中野 丈